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歩いたら休め

If the implementation is easy to explain, it may be a good idea.

【メモ】理工系の研究は前提知識が無くて現実から乖離してるし、人文系はわけわからんことをわけわからんまま議論していて吐きそう

 最近、人文系の定性的な現象を数理モデルを使って解析することに悩んでいます。一般的な物理学の範囲なら、(分野によるかもしれませんが、おそらく少なくとも古典力学の範疇では)定性的なモデルと定量的なモデルがほぼ一致しており、その点で悩む人はほぼいないでしょう。

それに対し、人文系の問題を数理的に扱うような分野(例えば数理社会学や社会物理学と呼ばれるような分野)ではこの点で独特な問題がある気がしています。まず、社会シミュレーションを使った研究は以下の様な流れになると思います。

  1. 現実の現象のどこに注目するか決め、数式(モデル)に落としこむ
  2. 数値シミュレーションを行う(または解析的に解く)
  3. 結果の良い悪いを解釈する

2については一般の物理学の研究とそう変わらないのですが、人文系の分野を扱う際には1と3に独特な問題があると感じています。例えば「マイノリティが、周囲に同じ意見の人がいないため自分の意見を表明できない」というような問題を考えるとき、そのような問題を考えること自体が恣意的で、結果の解釈も中立になりえないような気がしています。例えば結果についてマジョリティ(あるいは社会の運営者)の立場から、「多少異なる意見があっても集団は協調して行動できる」とも解釈できるわけです。

上の問題は多分学問としてやっているから悩んでいるのであって、もし企業でシミュレーションを使うのなら、「どうやったら儲けを最大化できるか」「ROIを最大化できるのか」みたいに目標が明確であまり悩まないのかもしれません。

 

また、どの程度粗視化するかどうかも悩みどころです。例えばTwitterでの意見の伝播を完全に再現するシミュレーションモデルを作れたとして、どの変数が効いているとき(例えば他のSNSやリアルなコミュニケーションの上で)同様の現象が生まれるのか、あるいは何が起こるとそのモデルと実際の現象が離れてしまうのかといった疑問には答えられないでしょう。だから本質的な部分だけを取り出して多少粗く近似する必要があるのですが、それに対する厳格な方法論は無いように思えます。(データを使った統計的な手法なら帰無仮説がどうこうやって偶然か偶然じゃないかを判別できるのでしょうが。)

ちなみにこの辺りはエージェント・ベース・モデルの解像度の問題として、アブストラクトモデル・ミドルレンジモデル・ファクシミリモデル等の分類で議論されているそうです。

その点、『学術の動向 Vol. 17(2012) No. 2』の「特集 シミュレーションと社会 ―文理を結ぶ新しい方法論―」に耳の痛いことが書かれていました。

 

車輪の再発明」 ではないですが、自分自身の研究も、わざわざ難しい現実と大きく乖離した前提を使って、つまらない結果や現実にはありえないような考察を行なってはいないかといつもヒヤヒヤしています。

 

 逆に人文系の研究を読んでいると、用語の定義があやふやだったり、(定義がしっかりしていないせいで)全く同じ現象だとしか思えないものを別々の分野で別々に議論していたり、やたらと文学的な冗長な表現を使ってたり、面倒くさく感じることがあります。Pythonユーザーとしてはミニマムな表現でないのが許せないので、人文系の研究者には「The Zen of Python」を読んでほしいです。

 

違う話になりますが、社会とか人文系のあやふやな分野に数学的に扱える部分がある、という発想自体 (哲学の)構造主義の影響だとおっしゃる方を見かけました。哲学はよくわかりませんが、構造主義というものはレヴィ=ストロースという人が 部族の婚姻関係を数学の群論を使って説明した、ということから生まれた方法論だそうです。なんというか、ヒトや社会を(シミュレーションに限らず統計的な手法なども含めて)数理的な解析をしている人が意識せずとも前提にしている考え方というような気がしています。

 

ということを常日頃考えていて、ちょうど『現代思想』の特集が面白そうだったので買ってきました。

 が、あまり理解できませんでした。多分哲学といっても「構造主義」のような実践的な(=手を動かす研究者のための)考え方ではなく、もう一つ上のレイヤーの議論というような気がしています。

ところどころ面白い話はありました。 例えばちょっと触れられていた「オートポイエティック・システム」の話とか。サイバネティクスの考え方に近いものを感じます。インプットとアウトプットがハッキリしている機械科学で「制御工学」という一大分野が発展していることを考えると納得のいく話です。

関係ないのですが、哲学な人がやたらと「量子力学」をもてはやすのはなんでなぜでしょうか?運命論を議論するならともかく、社会学の問題を考えるときにあそこまでミクロな要素を厳密に考える必要は無いはずです(地球の公転を説明するのにニュートン力学ではなく相対性理論を使っているような印象があります)。むしろミクロ→マクロを繋ぐ統計力学のような分野が重要になると思うのですが。

(「たぶん、ペンローズの電波にあてられちゃった電波な人たち」というツイートを見て笑いました)

 

ただし、自分とってはもう少し社会学全般を概観できるテキストを探すとか、詳しい人と議論してもらうとかした方が良さそうですね。